マタタビなげこみたくなる衝動

cloudy weather. (前編)


天気、いまいち。

気温、低め。

ずっしりと空を埋めている雲。


だからこそ、来るかもしれないと思ったのだが。


「こんなところで、どうしたんだ?ミストフェリーズ」

よく通る声で呼びかけてきたのは、広い範囲を見回るリーダー猫。
公園のベンチの上であくびを噛んでいた黒猫は、声のした方を向いて伸びをした。

「やあ、マンカストラップ…今日は曇ってるじゃない?」
「ああ」

「だから、タガーが来るんじゃないかなって思ったの」
「…ああ」

なるほど…と呟いて立ち止まり、黒とグレーの尻尾をゆらゆらと振りながら周囲を見回す。
決して広くはないものの、高台にあるここの芝生は…晴れた日の日向ぼっこにとても適している。

ただ今日のような薄曇りでは、吹き抜ける風がやや冷たい。

「居てもおかしくないな」
「でしょう?」

うふふ…と笑った黒猫を見上げ、ベンチの前に腰を下ろす。
マンカストラップは顔の後ろから前にかけてをぐいぐいと拭って、毛繕い。
ミストフェリーズはベンチの上に寝転んだまま目を閉じ、耳と尻尾をぴんと立てた。


意識を薄く伸ばして、遠くを見るように集中する。


彼を想って。
彼を思い浮かべて。
彼に会いたい自分を広げる。

何かを言おうとしたマンカストラップは、
ミストフェリーズの様子に気付いたので遠慮し、ただじっと見守った。

何故だろう。
この猫は、あの猫をとても慕っているようだ。

仲が良い分には問題ない。
問題ないのだから、必要以上に気にかけることもないのだが。
ただ、この二匹には"理由"があるようだったから。

他猫同士の間柄にまで干渉するつもりは勿論ないが…何だかこの二匹の仲の良さが気になった。


――ラムタムタガー

その性分で、みんなに混じるのを避ける彼が…
最近、大勢の前に姿を現す事が増えた気がする。


――ミストフェリーズ

その能力で、出会った猫達と距離を置いていた彼は…
ワガママな猫を信頼した後に、周囲に溶け込んだように思う。


マンカストラップにとっては、どちらも大切な友人で。
どちらも、もっとみんなに理解してもらいたいと思っていた猫で。

けれどいつの間にか、二匹は周囲から必要とされる存在になっていて。
とても嬉しく思う反面、僅かな寂しさも感じる。

「…いないなぁ」

ぽつりと呟かれた言葉は、吹き上げた風と一緒にベンチ脇のイチョウの葉を揺らして消えた。
黒猫は深く呼吸をして、大きな黄金色の目を縞模様の猫に向ける。

「僕はね、タガーに救われてるんだ」

突然のコトバ。
しかしそれは、マンカストラップが訊ねようとした事に対する答え。

「大袈裟だと思うかもしれないけど、でもそうなんだ」

マンカストラップは所どころに土の見えている芝の上に横になると、
柔らかい眼差しでミストフェリーズを見つめる。
黙って話を聞いてくれる縞模様の彼に、黒猫は少し照れたように首を竦めて…また口を開いた。

「僕さあ、みんなにできない事…できちゃうじゃない?」

そう、今だって。
マンカストラップにしてみれば、
何故自分の疑問を声にしていないのに彼が答えてくれているのかは分からなかった。
けれど、これまでも幾度となくあったこんな流れを、不快に思ったことは無い。

「タガーは僕に、他の猫と違ったままでいいって…そう言ってくれるから」


ずっしりと空を埋めている雲。


「どう振舞ったっていいんだって…そう言ってくれるから」

空の灰色は、吹いている風で、少しずつだが形を変える。
今度はマンカストラップが口を開いた。


「…俺たちがお前に何かを望むのは、重荷になるか?」


不思議な黒猫。

しかしその『不思議』も、大切な仲間の『持ち物』だと、みんな思っていて。
それは、当のミストフェリーズも知るところだ。

「とんでもない、望まれるのは嬉しいよ…君だってそうでしょう」

望まれて、若くして多くの仲間を統べる位置に立つ猫。

「…ああ、そうだな」

決して楽しい事ばかりではなかろうに。
それでも、そう在る自分を誇りに思う彼だからこそ、より仲間の信頼を得ている。

「マンカストラップ、大丈夫だよ…ありがとう」

実際より幼く見えるミストフェリーズの笑顔につられて、マンカストラップの表情も緩んだ。

「タガーはほら、ああだからさ…『変わっててもいい』って言うのに説得力があるって言うか、ねえ?」
「…確かにな」

二匹は顔を見合わせて笑い合う。

今日は青空ではないが、それが無くなった訳ではなくて。
雲の向こうには、やはり暖かい日差しがあるはずで。

「なんだかな、お前たちはあんまり仲が良いから…羨ましくなるよ」

縞模様の猫の言葉を聞いて、黒猫はそれはそれは驚いた顔をした。

「え、羨ましいって…僕とタガーが?…仲良さそうに見える、の?」
「…違うのか?」

今度は縞模様が驚いた。
黒猫は、うーん…と唸ってから照れくさそうに目を逸らした。

「…違わない、と思うけど…まさか他の猫からみてもそうだとは思わなかった」

それよりも…と気を取り直して、ミストフェリーズはベンチから降りた。
座っているマンカストラップの脇腹に、ぐいぐいと首筋を押し付けながら発言する。

「君らの仲良しぶりの方が、僕にしてみれば…いいなぁって思うけどな」

ミストフェリーズが眠たそうに後足を伸ばしたので、マンカストラップはごろりと芝生に横になった。

「…俺とタガーが?」

心底不思議そうに言って、縞模様の太ももを枕にしようとする黒猫の背中を舐めてやる。

「うん、なんか妬けちゃうよねっ」

普段はそう顔を合わせないのに、ここぞという時には雰囲気だけで分かり合うような瞬間がある。

「だから、みんなが信頼するんだよ」

もちろん僕もね、と言って笑うと目を閉じる。


何度かお互いに身体の当たり具合を調整して。
収まりが良くなった頃には二匹とも静かに肩を上下させていた。



天気、いまいち。

気温、低め。

ずっしりと空を埋めている雲。


しかし、気分は上々。
あの雲の向こうには、青い空も眩しい太陽もあるのだから。


cloudy weather. → くもり、曇天。
曇り空に、色々と感情を映そうと思って書いてはみたものの。
なかなか上手くいかなかったです。
マンカストラップ
ラムタムタガー
ミストフェリーズ

大好きな三匹の、それぞれのお話。
後半はタガーの曇り空の日の過ごし方です。

【ひよこ】
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