マタタビなげこみたくなる衝動

an accomplice.

ぬきあし
さしあし
しのびあし


「マンゴッ」

作戦は何度も確認済み。
今更話す必要はないから、目を合わせて笑うだけ。
クスクスと笑いが抑えられない黄色い毛並みに向かって、赤い方が人差し指を立てて口の前へ。
ちょっと唇を尖らせて、だいじょうぶよと声に出さずに言うと…彼女はそっと植え込みを出た。

今日は晴天。
ゴミ捨て場からはだいぶ離れた、郊外の広い公園。
休日を穏やかに過ごす人間たちが、今日の彼らの獲物だ。
いや正確には…ピクニックへと繰り出してきた人間の、ランチボックスの中身が。

「あ、ねこ!」

最初にその存在に気付いたのは、母親と一緒に作ったサンドウィッチを食べ終えた女の子。

「へんなの、ネコが服きてるよ!」

弟らしい活発そうな男の子の声が聞こえて、話題の猫は彼らを振り返ってにゃあと鳴く。


「かわいいっ」
「トラ、トラもようの服だよっ!」
「しーっ大きな声だしたら、にげちゃうでしょ」

おやつのシュークリームを食べ終えて、慌てて靴を履く弟に向かって、女の子は口に人差し指を当てて言った。

おそるおそる近付いて来るふたりを見ながら、自慢の耳をぴくぴくと動かして距離を測る。
人間の家族の興味が自分にだけ向いているのを確認して、猫は青い目を細めて前足を舐めた。

その動作を見て、今度は赤い猫がそっと植え込みから出てくる。
素早く家族の後ろへ回り、白い箱を狙うと後足が2回足踏みした。

目の前に来た幼い姉弟に向かってにゃあと鳴き、黄色い猫は植え込みへ飛び込んだ。
向こう側なのか枝の間なのか、わずかに葉っぱに身体が擦れる音をさせて走り去る。
突然のことに驚き、そしてすぐに残念そうにした姉弟の声に重なって、小さく母親が悲鳴をあげた。

姉弟とその父親が振り返ると、トラ模様の布を巻いた猫が走り去る。
家族がいる木陰の外へ出て、隣の木の向こうへ消えるのだけが分かった。

「ネコ?!」
「さっきのやつ?」

姉弟が追いかけようと木に向かうと、それより手前の植え込みから出てきてにゃあと鳴く姿があってまた驚く。
しかしすぐに枝葉の中に姿を消した。
姉弟が覗き込むと、走っていく猫の尻尾が揺れていて…それも見失ってしまう。

「…あーあ、いっちゃった」
「すっごい足がはやいネコだったね」

残念そうな子供達に、母親が言う。

「二匹いたのよ、トラ模様の服のネコは」

ひとつ残っていたシュークリームが箱ごと無くなってしまった事と、父親の皿の上にあったオイルサーディンが一匹消えたことを報告して…仕方がないわね、と苦笑いした。




腕前はピカイチ。
逃げ足だって疾風のよう。

「…んふふふふふっ」

口にくわえたイワシからオイルを滴らせつつ、まだ走る。

「…ほぁ?!あんあいいいおいがふう?」

追いついて来たのは、小さな白い紙箱をくわえた猫。
人間が見れば、それがケーキ屋の箱であろうことは見て取れた。
持ち手の部分を器用に口にくわえ、箱は開いた状態で中にはシュークリームがひとつ。


大きな公園をぐるりと走って、池の裏側までやってきた。
ここならまず人間には出会わないし、池の向こうからこちらが見えてもやって来れない。



「ぷはっ…おいランペ、なんかいい匂い…」
「アッハハハハ!見てみて、マンゴ!」

ランペルティーザが手にしているのは、オイルサーディン。
さっきの家族から咄嗟にかすめとってきたものだ。

「あっ!オレの好きな魚っ」
「でしょ、あたしはそっちでいいからコレあげる」

お互いの獲物を交換して辺りの様子を伺うと、風が撫でていく木の葉の音を聞いて微笑み合う。
ランペルティーザが嬉々として箱の中に顔を入れると、マンゴジェリーはもう一度辺りを見回した。

「あれ?いやでも…」

鼻を鳴らして辺りの匂いを嗅ぐ。

「どしたの?」

上側のシューを取り出してスライスアーモンドを齧りながら、ランペルティーザも鼻をひくつかせる。
風がやんだのでもう一度二匹が辺りを見回すと、頭上から声がした。

「…騒がしいぞ、コソドロコンビ」

すぐに誰なのか分かった。
通る声も憎まれ口も、よく知っている猫だったから。

「きゃあっタガー!」
「コソドロな、まあ他ならぬお前が言うならそうかもな」

天邪鬼がそう言うのだから、ここは胸を張ってもいいだろう。
へへんと笑った赤毛の猫に、木の上の黒い猫はふふんと笑い返して尻尾を揺らした。

「ねえタガーもいっしょに……もがっ」

はしゃぐランペルティーザの口を塞ぎ、顔を伏せたマンゴジェリーは木の上に聞こえるように言う。

「よせよ、せっかく盗って来たのに!オレの魚はともかくそのシュークリームは絶対誰にもやれないね、子猫だろうがマンカストラップが怒ろうが…」

大声のナイショ話を聞きながら、タガーはたてがみをぷるぷると振ってあくびをする。

「ぜーったい、他のヤツが食うのは認めないぜ、魚ならやってもいいけど…特にクリームなんか絶対なっ!」

そこまで言ってちらりと木の上を見ると、タガーは首元を後足でかいてから枝の上に立ち上がる。
ランペルティーザは、にやりとしながらべーと舌を出すマンゴジェリーを見上げた。

「なによ、コレはあたしのなんだからあたしがタガーと…」

マンゴジェリーがしーっと人差し指を立てて口元に持っていくのとほぼ同時に、大きな黒い猫が降りて来る。
小柄な黄色いメス猫の肩口から顔を出し、横倒しになっている白い紙箱を覗き込んでから赤いオス猫を見た。

「へっそんな魚、いらねーよ」
「タガー!?」
「ふざけんなーシュークリームはランペのだぞお」

ほとんど棒読みにそう言って、お前なんかどっか行け!とトラ柄の背中を向けると…今度はマンゴジェリーが木に登った。
猫にしては高めの枝の上で、昼寝の体勢。

「変なマンゴ、まったく子供なんだから…まいっか!」
「ん、まあまあの味だな」
「うふふっあたしこの、しっとりしちゃった土台が好きなの~っ」

ごろりと横になったタガーの傍に、ランペルティーザはウキウキと並んで寝転んだ。
クリームを舐めては、けだるそうに手足と背中を伸ばすタガーを眺めつつ、そのタガーのたてがみについたクリームを舐め取りながらコロコロと笑う。

「上のここのね、カリカリしたとこもおいしいのよっ」
「…じゃあオレはそれいらねぇ」
「えー食べないの?おいしいのに」

木の上の彼は好物で腹を満たし、相棒が楽しそうにしているのを見て目を細めていた。
口の周りをもうひと舐めして、前足の爪の間も掃除しておく。

「…まったく、手間のかかるヤツ」

あの変な猫と遊びたがるのに、ちっとも彼の特性を理解していない。
誘えば逃げていくし、追い払おうにもどこへも行かないのだから…あの猫は。
オレのおかげじゃん!と言って笑うと午後の風が木の葉を揺らし、陽の光がキラキラと眩しかったので目を閉じた。




「…でね、あたしたちのこときっと人間は見分けがつかないのよ、だってお揃いのトラ模様だもの」

ランペルティーザが自慢の仕事着を指して言うと、タガーはあくびの合間にうんうんと頷いた。
シュークリームの残骸である銀紙の音が気に入ったので座り直し、手先でカシャカシャといじりながら尻尾で地面を撫でる。

「ね、聞いてる?タガー」
「ああ?…あー聞いてる、聞いてる」
「…んもう、タガーのそれって聞いてないってことじゃないっ」

ぷうと膨らんだまるい頬を、さっきまで銀紙と遊んでいた両手が挟んだ。

「お?ちょっと賢くなったな、ペル」

額をくっつけ、ニヤリとして言うと、ランペルティーザの頬が赤くなる。
それは言われた言葉のせいだったり、突然近付いてきた顔のせいだったり、彼しか呼ばない自分の名前のせいだったり。

「早くそれ食っちゃえよ、腐っちまうぞ」
「まだ大丈夫よぉっ」

くしゃくしゃと頭を撫でられて、ランペルティーザは首をすくめた。

「…せっかくマンゴが引き止めてくれたんだから、もっと遊んでくれてもいいでしょっ」

クリームを吸って柔らかくなったシューにかぶりつくランペルティーザを、少し驚いた顔で見たタガーはすぐに口の端を持ち上げる。

「分かってりゃ上出来だ」

ランペルティーザは口周りと手足を丁寧に舐め、うふふと笑うとタガーの背中側に回り込む。
彼のたてがみに顔を埋めるように寝転び、満足そうに手足を伸ばした。

「…すぐ子猫扱いするんだからっ」
「あー?そんなことないぜ」
「ウソばっかり」

タガーが目の前に尻尾をひらひらさせると、ランペルティーザは両手でそれをつかまえる。
こうして簡単に捕まえられてしまうところが『子猫扱い』されてる部分だが、きっと彼は自分に対していつまでもこうなのだろうと思う。
まあ、それも悪くないと思えるようになってきたから…やっぱり以前の自分は幼くて、今は少しずつだけれど変わっているのだ。

「そんなとこもカッコイイんだけど…」
「…ふんっ」

褒められたのが嬉しかったのか、タガーは尻尾を引っ込めた。
それがおかしくて、ランペルティーザが肩を震わせて笑う。

「カッコイイから、だから…タガーはいいのよ、でもマンゴには…」

笑った後に呟いて、隠しもせずに大きなあくび。

「…マンゴには、あたしが一緒じゃなきゃ…」

言い終える前に、満たされたお腹を上下させて夢の中。
小さなメス猫の体温を背中に乗せ、少し窮屈なままで大きなオス猫も目を閉じた。




赤い猫がふと風に冷たさを感じて、起き上がる。
木の下へと降りると、黒い彼は細く目を開けて深い金色で見上げて口を開いた。

「…よお色男」
「なんだそれ?そりゃお前だろ、ランペがなんか変なこと言ってたのか?」
「…まあ、そんなとこだな」

ふたりが話していても起きる気配のないランペルティーザの額を、マンゴジェリーが舐めた。

「おーい、帰るぞ」
「んん~っ…おはよ、マンゴ」
「おはよお」

昼寝から目を覚ましただけだというのに、二匹は嬉しくてしょうがないといった顔で笑い合う。
それを見て、タガーは大きくあくびをした。

「またね、タガー!」

走っていく泥棒カップルに、尻尾の先を振る。



「…ゴチソーさん」


既に個人誌で発行していたので、ウェブサイトに上げるかどうか、かなり迷いました。

しかし書き手としては、紙に印刷して製本して送り出したものと、こうして文字情報をネット上で公開するのでは別物なので、今後も同人誌として発行した作品は、完売して再販予定が無いものを中心にサイトに載せることはあると思います。

なによりも、書いた話は自分の可愛い子供たちなので…誰かに見て楽しんでもらえたらいいなぁと。

この辺の活動方法については、少しずつ考えながらやっていこうと思います。
紙でも画面でも、発表の場があるのは嬉しいことです。


【ひよこ】
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