マタタビなげこみたくなる衝動

a nightmare
~続・古びたネオンの鳴る音~


仲間の中の最年少、シラバブがいなくなって半日。
ちょっとした大騒ぎの末に、歓楽街の路地裏にいた彼女を僕が見つけた。
そこで会った年老いたメス猫の事は、僕も彼女も口にしなかった。
街中の誰も、話しすらしない猫…気に掛かったけれど、聞けない。

まあとにかく無事に戻った彼女とみんなが笑顔と抱擁を交わして、また散って行く。
最後にもう一度シラバブとマンカストラップに『ありがとう』と言われて、家路を急ぐ。

それにしても、また僕にとっての“普通”の範囲は広がってしまったようだ。
歓楽街のネオンと同じような音の、おかしな耳鳴りを思い出す。
シラバブを探さなくちゃと思う前から、何となく分かってたんだよね…変なの。

この能力も結果的に役に立ったのだから、とりあえず歓迎するけれど。


「はーぁ…」


つい、溜息。
すごく疲れた。
身体が重い。

家を囲む塀を登って、庭の木から少し開いたままの窓へ飛び移った。

「いよお、やったな魔法使い」
たてがみを揺らす彼に出会う。
「…どうして君が僕の寝床にいるのさ」

できるだけ素っ気無く言っておく。
だって。
そういえば、今すごく会いたいと思ってたから。

彼と話していれば…身体の疲れも、沈みがちな気分も紛らわせるかもしれない。
でも、気まぐれな彼のことだから、ちょっと顔を見せただけですぐ消えてしまうかも。
逃してたまるか、と考えをめぐらせる。

「オマエ、小せえ身体のわりに広いとこで寝てんのな」

落ち着かなくねえか?と言って、部屋の隅の低いソファに転がる大きな猫。
すぐにでも側に行きたいのをちょっぴり我慢して、まず水を飲んだ。
さて、どうやって彼に遊んでもらおう。

「…机の引き出しが快適な君には、どこだって広いんでしょう?」

ぐいぐいと顔を洗って考える…うーん…。
どうにも考えがまとまらないや…疲れてるからかな。

「…はぁ…」

「なーに、くったびれた顔してんだよ」

やっぱり。
僕、疲れてるんだ。
あーあ、考えるのやめた。

爪を研いだ跡が少しだけある布張りのソファに、小さな黒猫が飛び乗る。
硬めの座面…しかしさすがに2匹で乗ると、少し沈んだ。

「シラバブが、タガーにも“ありがとう”を言いたがってた」

会いに行ってあげなよ…と言うと、彼は想像通り困った顔をして、べーと舌を出した。

「なんだ、狭いから出て行けってか?」

あれ?
なんか突然、天邪鬼モードだ。

「フン…決めた、今日はここで寝るからな」

彼は横向きに寝転んで、房のある尻尾だけがだらりと床に向かって降ろされる。
僕が寝るスペースは、ソファの上に広めに確保されていた。


嬉しいな。
君の優しさは屈折してるようでいて、とてもまっすぐだ。
でもすごく、すごく嬉しい。


「疲れたね、タガーもたくさん走ったでしょ」
隣で身体を伸ばすと、タガーは大袈裟に溜息をつく。

「…べーっつに、オレは適当にブラブラしてただけだしな」
何の為にオマエを呼んだと思ってんだよ…と付け足す。

「ウソばっかり」

この部屋に来たのだってついさっきでしょ…言わないでおくけど知ってるよ。


なんかね…分かっちゃうんだ。


「……ねえタガー」
「難しい話ならすんな」
「ちょっと聞いてくれたっていいじゃない」

顔を覗き込もうとしたら、彼は身体を反転させて覆いかぶさってきた。

「…わぁっ」
「一回しか言わねぇからよく聞けよっ」

僕はうつ伏せに押さえつけられて、見ようと思った彼の顔は結局見えない。
でも、聞けって言われたから大人しく耳をすます。


「他の誰にもできなくて、お前にだけできるんだから、オレの判断は間違ってなかったろ」


ぐだぐだ言ってないで疲れたなら寝ろ…僕を抱えたまま、タガーは静かになってしまった。
彼の腕が、たてがみが、僕の背中を温める。


みんなと違ったままでいい…彼はいつもそう言ってくれる。
彼自身も、そうして生きているから…他の誰より説得力がある。

身体全体に張り付いていた疲れが、タガーの体温で溶けていくような気がして。





―――その夜、夢を見た。


以前、住んでいた街。


もうずっと、僕にとって悪夢の舞台でしかなかったその街が、何故かとても明るく見えて。

いつも僕を罵ってた猫たちは、一匹も出てこなくて。

ずっと散歩ルートにしていた砂利道を抜け、おやつをくれる人間の家を通り過ぎた。
ちょっとグラつく塀の上を小走りに進んで、夕暮れには鳥が集まる大きな木のある公園へ。

おかしいな?

どうして誰にも会わないんだろう。
不安になって、唇を噛む。


ああ、そうだ。


夢の中の僕は振り返る。
だって僕は、僕の育った街を君に案内していたんだ。


『小さいけれど、キレイなところでしょう?』


…そんな風に言おうと思って、振り返った。
君がどんな顔をしてるか、とても気になって。


でもとても眩しくて。


太陽があるみたいに眩しくて、目を細める。
それでもよく見えなくて、腕を伸ばして、彼の名を呼んだ。


『―……』




眩しかった夢の中から、ウソみたいに真っ暗の部屋。
いつの間にか、僕の皿にはいつもより多めの食事と新しい水。

「…なんだよ、まだ夜中じゃねーか」

耳元であくびを噛みながら、彼は僕を抱え直す。


「……僕、今君の事呼んだ?」
「…ああ?」


君だったと思うんだ。
とっても眩しかったけど、君は僕の後ろで笑っててくれたんだ。




「ん…ごめんね、なんでもない」




君がいて。
背中が温かくて。


この夜。
イヤな夢も、もう2度と見ないように。
溶けてなくなってしまった。


不思議だけれど、僕はあれから悪夢を見ない。

古びたネオンの鳴る音のオマケ、というか…付け足し?
うちのミストの抱える色々の話し。
なんでミストのナンバーをタガーが歌ってるかとか、その辺で書きたい事があるので
その前フリ、じゃないですが…彼らの仲良しぶりを形にしてみました(笑)

【ひよこ】
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