マタタビなげこみたくなる衝動

聖 夜


――holy night.


聖なる夜。


「――…。」


子猫を寝かしつけた縞模様の猫は、深々と冷える外に気配を感じて顔を上げる。
通り過ぎるかと思われた足音は近付いて来て、しかもよく知った猫であると判別できた。

「…ランパス、どうしたんだ?」

人間の使う扉の横にある自分用の出入口から、前足と顔を出す縞模様。

歩きながら白い尻尾をくるりと振り、ゆっくりとした歩調のまま年下の猫の前へ来たのは、白地に黒のぶち猫。

「…ちょっと目が冴えてな、お前なら起きてるんじゃないかと思った」

お互いの首元を擦りつけてから、顔を見合わせる。

「……入るか?」
「…いや、遠慮しておく」

人間の家に踏み込むのには抵抗があるらしいのは知っていたので、縞模様の猫は訊ねながらも自らが外へ踏み出した。

「…今日は冷えるな」
「ああ、つき合わせて悪いな…マンカストラップ」

構わないよ、と言って笑う縞模様。
ぶち猫が背中を伸ばしながら視線を向けたのは、窓の向こうで点滅するいくつかの色。

「…お前のところにもあるんだな」

ここへ来る間にも、たくさんの家が飾られていた。
人間のこの風習について、特に何か述べる機会は無かったが…実はこうして街がきらびやかになるのは嫌いではない。

「前はなかったんだけどな…今年は少し前から飾ってあるよ」

マンカストラップの飼い主である若い夫婦のクリスマスツリーは、
去年より飾りが簡素になった代わりに、赤と緑と黄色のライトが点いた。
リビングに置いてあって、シラバブがとても気に入って眺めている。


今日は、クリスマスイヴ。

長老猫が住む教会も、たくさんの光が灯っている。
神の生れ落ちた日を祝う灯り。
それは本来、猫が気にかけるものではなかった。

しかし猫も、犬も、人間も、植物も…形のあるものはいずれ土に還るのだ。
それならば、人間に深く浸透した事柄に、
猫がある種の敬意を持つことは無意味ではないだろうと…長老猫はみんなに話して聞かせる。


――holy night.


聖なる夜。
昨日も明日も同じに積み重なっていくだけなのに。
特別であると実感したことはないのに。

何故か今日に限って、不思議な高揚感がある。

ランパスキャットは少し何かを考え込んでいたが、窓に映る灯りを見たまま口を開く。

「マンカストラップ」

「うん?」

「……入ってもいいか?」

突然の申し出に、マンカストラップもそちらに目をやってから、しばらく静かに考える。
人間と生活を共にする猫を責める事こそないが、
彼から“こちら”の領域に踏み込む事などなかったし、今後もないと思っていた。
それは悲しい事ではなかったが、寂しい事だと…思っていたかもしれない。

「あれを、近くで見てみたい」

ランパスキャットは窓の向こうを指して、しかし今度はマンカストラップを見て言った。
マンカストラップは黒とグレーの尻尾を振って出入口に向かい、振り返って笑う。


「歓迎するよ」
「……なんだ、何かおかしいか?」

いつもは決して越えてこない一線。

「おかしくなんかない…嬉しいんだ」


気配を消して入り込んだ人間の家。
ランパスキャットは今日の自分の気持ちと行動が、普段と違うと感じて一瞬戸惑う。
しかし、招き入れてくれた縞模様の飼い猫の背中は、いつもと同じだった。

周囲を伺いながら、その背中について行くと…外から見えた灯りが、より鮮明に広がる。

「……うん、やっぱりな」

居間に飾られたツリーを眺め、ぶち猫が呟く。
ぐるりとツリーの周囲を歩き、ライトの電源コードをまたぐ時だけは軽く跳躍した。

黙って寄り添うマンカストラップは、何色もに照らされるランパスキャットの顔を見つめる。

こんな場面は、二度とないような気がして。
声をかけたら、こうして並んで過ごす時間が終わってしまいそうで。

「きれいだな」

ランパスキャットは立ち止まって座ると、尻尾をくるりと揺らしてから身体に引き寄せた。

冷たい空気は窓の向こう。
煌めく灯りをただ見つめる時間など、今まであっただろうか。
穏やかな気持ちなのに、少し泣きたくなる。


黙って座ったランパスキャットの姿が、何故か少し小さく見えた。
出会ってから今まで、ずっと頼もしく、強い存在で…その事に変わりはない筈なのに。
しかしその理由がすぐ思い当たったマンカストラップは、少し微笑む。

「ああ、シラバブがとても喜んでて…俺も好きだな、こういうのは」

ずっと強く、気丈に生きてきた野良猫。
本当なら自分の身だけを守ればいいはずなのに。
マンカストラップが出会った時、彼は既にこの街で、仲間を背負って立っていた。

その役目を自分が受け継いで。
それから随分経った今になって。
ようやく彼は、こんな表情を見せるようになったのだ。


彼が変わった訳ではなくて。
自分が彼に追いついたのだろうと思う。

そうありたいと、思う。

「…マンカストラップ」

呼ばれた彼は、返事をする代わりに微笑む。
その顔に微笑み返すと、切ない気持ちは消えた。
ただ、穏やかな思いだけが残る。

「…いいな、こんな風に暮らすのも」

俺には無理そうだけどな…と付け足して、いたずらっ子のように歯を見せて笑った。
その顔を見て、マンカストラップは声を抑えつつも笑ってしまう。

「なんだ、人の顔見て…」
「…いや、すまない…ふ、ふふっ…ランパスは変わってないと思ったんだけどなっ」


ずっと大人で。
ずっと強くて。
いつも遠くを見ている気がした。

「何がそんなにおかしいんだか」

時々でいいから自分の方を見て笑ってくれないかと…想っていた。

「おかしくなんかないよ」

以前の彼は、争い事の時しか笑わなかったから。

「嬉しいんだ」

柔らかな笑顔。
穏やかな声。


「さてと…悪かったな、夜中に」

出入口に向かって歩き出す白い背中を、今度は縞模様の猫が追う。

「いや、構わないよ…いつでも歓迎するさ」


くしゃくしゃの毛布に包まって眠っているシラバブの様子だけ見ると、二匹はすぐに外へ出た。

真っ白い月が高く昇って、強く輝いている。
その光は決して暖かではないが、それでもとても優しくて。

飼い猫も、野良猫も、犬も、人も…等しく照らす。

「…祈るだけの“神”なんて、俺には無いけどな」

白い尾を振ったランパスキャットは…少し挑戦的な目で笑った。

「理屈じゃなく信じられるものならある」

それが何かなんて、恥ずかしいからいちいち言わないけどな。
そう言って、少し大袈裟に笑う。
その顔を見て、マンカストラップは今度こそ声を出して笑った。

「おかしいか?」

「おかしくないさ」

振り返った年上の猫…白い耳が、月明かりにぼんやり光るように見えた。

「嬉しいよ」

マンカストラップの言葉に、ランパスキャットは笑い返す。

「俺もだ」

小走りに去る白地に黒ぶちの猫。
その姿は、すぐに夜の闇に溶けた。


――holy night.


聖なる夜に、確かめる。
いつもと変わらぬ明日が来る事が、ひとつの奇跡なのだと。
それがずっと、ずうっと積もって、少しずつ変化して。
そうして生きていくのだと。

野良猫も。
飼い猫も。

同じ月日を過ごして。
同じ奇跡が、繰り返す。


わーわー!!

年明けたのにクリスマスもの書いてますよ!!
遅すぎる…でもアップするよ★何にも無いよりいいだろう!

マンクとランパスは、初観劇で名前も覚えてない頃から、何故か仲良さそうな印象でした。
リーダーとサブリーダー!みたいな。
で、ランパスが年上…まあ、私の勝手設定ですが★

ランパスは完全に野良猫で、マンクは飼い猫。
でもお互いを尊重してる…信頼してるし。
もっとみんなが出てくる賑やかな話も考えてたのですが、どうもしんみり系が多いな…(笑)


遅くなりましたが…


Merry X'mas ★ from ひよこ

(2006.1.17)

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