マタタビなげこみたくなる衝動

魔法の使い道


最高の天才児

ミスターミストフェリーズ

グレートマジシャン

僕は確かに体が小さめだけど、仲間の中では若い方だけれど、
もう子供じゃないのに“天才児”って…とまず心の中で突っ込んで。
それから、無闇に褒めちぎられるのがなんだかくすぐったいなと思う。

でも、めずらしく皆と一緒に、しかも気持ちよさそうに“僕”を歌う彼が…とても好きだ。


あれは去年の初夏。
僕は飼い主に連れられてこの街に来たばかり。
緑濃く木陰の日向ぼっこが気持ちいい頃。

「おい、なあオマエ、聞こえてんだろ?」

お気に入りな、自宅の赤い屋根。
3階の出窓から出て、その上の張り出し部分で横になっていると、割と近くで声がした。

見れば庭の木の枝に猫がいる。いつもは4羽ほどの鳥が来て歌っている場所…
当然、今日は近くに鳥達の姿はない。
「オレはラムタムタガー、お前は?」
猫と話すのは久しぶりだ。
「…ミストフェリーズ」

この辺りは猫同士の仲が良くて、飼い猫も野良猫も一緒に集まって日向ぼっこをしていたりする。
そして僕より年上っぽい銀色のようなグレーの縞模様な猫が、何度か会いに来てくれて…みんなの所へ誘った。
教会に住んでる年季の入った猫は僕に“ジェリクル”というのが何かというのを、静かに語ってくれた。
でも何となく…僕はその“和”の中に入って行けなかった。

わずかな接点ならば拒絶されないからこそ、より深く関わる事が怖い。

「ふうん…ミストフェリーズな、うんイイ名前だな」
オレの次か、その次くらいに…と、ニヤニヤしている猫。
そういえば彼はよくこんな高いところまで登って来てるなあと思った。
「…何か用かい?」
できるだけ何とも思ってない風で聞く。
「用がなきゃダメってことねーだろ」
仮にもここらはオレのナワバリ内なんだから…と、ふてくされた様に言う彼は、
ただ体が大きいだけでなく、もしかしたら僕より年上だろうか。
「…暇なんだ」
「ヒマじゃねーよっ」
よく見ると首輪をつけていたが、とても飼い猫の雰囲気じゃあない。
しかしその大きな石のついたゴツい首輪は、彼自身の風貌の中にあってそれほどイヤミなく馴染んでいた。
そして、ヒマじゃないと豪語した彼はそのまま枝の上で目を閉じてしまう…
長い尻尾が時折、ゆらりぱたんと動いている。
めずらしい柄が脚と胸元に入っているので高価な猫だろうと想像。
ただ、そんな風に見えない中身(キャラクター)である事もなんとなく見て取れた。



「ミストフェリーズ」
午後の風が気持ちいいなと思いながら、初対面の大きな猫を眺めていたら
突然名前を呼ばれて、ちょっとびっくりした。
「なんだい?」
彼は僕より先にここらをナワバリにしているのだろうから、一応立てて返事をする。

「白くて丸っこいメスに、花やってたのオマエか?」

彼の言う事に、思い当たる節がある。
グレーの縞猫と一緒にいた子。大きな目で、あんまりニコニコ見てくるもんだからつい…
一見何もない手の中から小さなカーネーションを取り出してみせてしまった。
無邪気に喜んでくれて、周りの猫達は気付いてなくて。
気付かれないようにやったのだけどね。

何故って…気付かれれば異端者として見られるから。

いや、みんなが僕をどう思おうと関係ない。
ただ、自分がいるせいで他の猫達の間に不信感や揉め事が起こるのは…もうたくさんだった。

「…どうしてそんな事聞くの?」
「オマエなんだな?」
ああ、周りを気にしたつもりだったけど…彼はきっと今みたいに高い木の上にでもいたんだろう。
見られてたなんて気付かなかった。
「だったら何だい?」
せっかく新しい街に来たのだから、ここでは静かに暮らそうと思っていたのに。
なんとか口止めできないだろうか。

「花以外にもなんか出んのか?オレにもやってみせろよっ」

体を起こして、キラキラした目で見てくる…子供みたいな大きな猫。
考えていた事と、彼の態度にギャップを感じる。
やってみせたら、誤魔化せるだろうか…手品の域を出ない程度ならどうだろう?
黙って座りなおし、両の手のひらを彼に向けて開いて見せる。
そしてゆっくり手を合わせ、フッと息を吹きかけて、中身を彼に向かって放り投げた。

ピンク・ブルー・グリーンの3色。スポンジのボールだけれど、
彼はきちんと3つとも受け取って…大きな口を開けて笑う。
「うおっ?!スゲーな、ホントに出てきたっ」
そこらの子供以上のリアクションで、なんだか可笑しい。
出てきたボールのひとつを、陽に透かすように持ち上げて眺めてる。
目の前の光景を楽しむ彼は、多分とても素直な人だと思った。

(この見解は後に若干の修正がなされる事になるのだが)

少し遊んでみようという気になる。
「そっちに行っていいかな?」
声をかけると、彼はボールから僕に視線を移す。
しかし、彼の見た先にもう僕の姿はない。

「サイコロマジックは見たことあるかい?」
彼のすぐ後ろから問い掛けると、びっくりしたらしい彼の背中の毛がぶわっと広がる。
しまった。
これはちょっと、マジックの範囲を超えてるかもしれない。
「…っ?!」
「小さいからね、近くじゃないと見えないだろう?」
スポンジボールを回収してどこかにしまうと、隣に無理矢理座り込む。
こちらの世界(ペース)に巻き込む、これ大事。
取り出した赤い透明のサイコロには、6つの面に白い点で1から6を表す。
次々指の間に現れるサイコロに興味が沸いたのか、僕が突然背後に立った事は彼にとってもう過去の出来事だ。

「1から6まで、全部で21個の白いマーク、それが4つ…両手で8つ」
彼の耳はぴんと立ててあって、僕の声に集中していた。
「21個の白いマーク、サイコロは8個だから全部でマークは168個」
「…ぇ…うん?…なんだ、全然わかんねーよ」
「分からなくていいんだよ」
クスっと笑って、手のひらを返す。
「使うのは2つだけだから」
8個あったサイコロを必要な分だけを残して消すと、彼の表情が変わる。
「おおっ?」

とても模範的な反応の観客…なんだか楽しくなってきた。

「1から6…どれが好き?」
赤いサイコロを2つ。
右手のひらに乗せて差し出し、尋ねる。
「んん…6、だな…たくさんの方がいい」
じゃあ…と言って、左手をかざして右手を軽く包む。
「ラムタムタガー氏は、6が良いそうだよ」
手の中に向かって語りかけるミストフェリーズを、不思議そうに見つめる深い金色の瞳。

小さな黒い左手が素早く引かれ…中のサイコロに白いマークはなく、
しかし赤くて透明なそれは6つになっていた。
「お?!増えた!」
「ああでもちょっと間違えちゃったよ」
大袈裟に肩をすくめてみせて、ニッコリ微笑む。
「…もう一度…」
同じ動作で次に右手のひらが現れると、全部の面にマークが1つずつのサイコロが1つ。

「マークが6個、これで正解」
にっこり笑ってみせると、ラムタムタガーも一緒に笑う。
「でも、君は“たくさん”がお好みのようだから…」
また同じ動作…それはとても柔らかく、無駄のない美しいもの。
「…はい、これで最後!」
ころん、と現れたサイコロは6つ。しかもそれぞれ全ての面にマークが6個ずつ。
「…んん?!ス、ゲーなっ、おい…何で増えたり無くなったりするんだ…?」
驚きながら、けれどとても楽しげにミストフェリーズの手をとって見つめる。

ああ、こんなに楽しくマジックをやってみせるのも、久しぶりだ。

僕にとっては普通の事でも、周りにはめずらしいもので。
ちょっとしたキッカケで“不思議”は“不審”になり兼ねない。
飼い主の都合で、産まれた街を離れたのは暖かくなってきた頃だ。
住み慣れた場所を離れるのに心から安堵して…新しい生活では、周囲と関わらない決心をした。
そんな風に心に決めてしまうだけの、寂しい思いをしていたから。

ただ…心から望んで、関わりを絶つ訳じゃない。
ほとんど毎日ここへ来る縞模様の猫の事だって、すごく気になってるんだ。
あの時、白いメス猫に花を出してあげたのは、僕を覚えていて欲しかったから。

今だって…。

「これ君にあげるよ、ラムタムタガー」
一瞬で4つをしまって、2つのサイコロを差し出した。
受け取るラムタムタガーの手に小さな手が重なる。
「でも、いくら好きでも6面とも6じゃあ使い物にならないから…」
ミストフェリーズの手がゆっくり離れると、そこには2つの普通のサイコロ。
1から6まできちんと揃った四角いサイコロ。
「おわ、戻ってる?!」

はしゃぐ彼につられて、たくさん笑う自分に気付く。

ああ…この街でなら、僕は僕のまま、受け入れてもらえるんじゃないだろうか?
一度だけ、縞模様の猫に連れられて行った教会で出会った猫達は、みんなとても幸せそうに笑っていたから。
僕もあの中に入ってはいけないだろうか?
興味本位で僕を訪ねて来たらしいこの大きな猫は、僕の感じてるこのキモチを笑うだろうか。

「…ねえ、ラムタムタガー」
「うん?」

それまでの自信ありげな口調から、一転して静かに口を開いたミストフェリーズに
ラムタムタガーは視線を向けずに返事をする。

「ちょっと聞いてもらえるかな?」
自分でも泣きそうな顔をしているかも知れないと思いながら笑う。
大きな彼は視線を手のひらのサイコロに向けたまま黙っている事で、小さな彼に話の続きを促した。
「あるところに、そこそこの腕前の…人間のマジシャンがいました」
静かに、緊張した声で語りだす。

細工物のおもちゃを作ったり時計の修理をしたり、手先が器用なのを利用して生業としていた。
そんな男が夢中になっているのは…マジック。
時々は人に披露するけれど、滅多に見せずにこっそり練習…
自分の工房におつかいに来る子供を笑顔にさせたりする、そんな男。
その男には人間の家族はいなくて、いつも家の中には男が一人と黒猫が一匹。
黒猫は耳と胸と足先、尻尾の先が白く抜けていて…男はその黒猫をとても大事にしていました。

「その男はこう言います“黒猫は不思議な力を持ってるんだよ、魔法使いが姿を変えたのが黒猫だから”と」

男が子供の頃に、母親の母親がした話。
男が飼っている黒猫は魔法使いなのか?それは誰にも、当の黒猫でさえ分からない。

ましてや男は知らないのです…
不思議な力を持つ黒猫は、男が信じているほど万能では無い事を。

しかし黒猫は知っています…
魔法使いは、誰にもできない事をして気味悪がられてひとりぼっちになってしまうという事を。
そして黒猫は思います…
もし魔法使いがいるとしたら、ひとりぼっちがイヤになって猫のふりをしているのではないかと。

ミストフェリーズが話し終わったらしいので、ずっと寝ているように見えたラムタムタガーが目をあけた。
夏の昼から夕方に変わる時間特有の、草の香りのする風が吹く。

「オマエさんが言うように、魔法使いが猫になったとして…そいつはひとりぼっちじゃなくなったのか?」

いつの間にか俯いていたミストフェリーズは、投げられた言葉に答えられずにいた。
「…オレが知ってること教えてやろうか」
静かな声に、返事をせずに聞き入る。
「“めずらしい”ってのはイイ事だ。
目の前のヤツが小せー事でいちいち眉をひそめるチンケなヤツかどうか見分けられるからな」
ごろりと仰向けになって、ミストフェリーズからもらったサイコロを眺めて言葉を続ける。

「せっかく使える魔法なら…“ひとりじゃなくなる魔法”使ったらいいんじゃねえか?」

ミストフェリーズは何故彼にこんな話をしたのか、この時になって気が付いた。
少なからず、彼も“和”に入っていけない思いを知っているのだ。
けれど、きっと今の彼はもうあの和の中にいる。

あの教会にもう一度行ってみようか。
次に縞模様の猫が来たら、連れて行ってもらえるだろうか。
考えが巡る小さな黒猫と、余計な事を言ってしまったかと溜息をつく大きな猫。

その二匹に近付く……縞模様。

「ラムタムタガー!」
ミストフェリーズが呼ぼうとした名前は、家を囲む塀の上から聞こえてきた。
「…マンカストラップ」
何度か訪ねて来た彼の名前…初めて会ったときに名乗ってくれたが、呼んだのは初めてだ。
「こんにちは、ミストフェリーズ」
そいつに何か困らされていないかい?と半ば本気で聞いてくるので、この2人は仲がいいのだなと理解する。
「とんでもない、楽しく話してたよ…ねえ?」
「ん?さあな…っと、長居しちまった、オレ行くぜっ」
さっきまで、とても穏やかにしていたのに…来た時のように突然去ろうとするラムタムタガー。
「これ、お前持ってろよ」

彼にあげた赤いサイコロ。

「…え…いらなかった?」
ミストフェリーズがちょっと残念そうに受け取ると、ラムタムタガーは首をすくめて言った。
「そんな小さい物、無くしても気が付かないだろ…しっかり持っておけよ!もうオレのなんだから」
あっという間に、高い木から飛び降りる。
自分と黒猫のやりとりを黙って聞いてるマンカストラップをちらりと見て、小さく舌打ち。
「難しい話は、デュトロノミーかそいつにしろ…オレ向きじゃねぇ」
地面の上で、身体を伸ばす。
黒い背中は広くてキレイで…それを見ながら、ミストフェリーズは安心したように笑う。

「サイコロいつでも出せるよ、必要になったら来て」

そう言ってひらひらと振られた小さな手には、既に何もなくなっている。
去っていく不器用な彼を、マンカストラップは黙って見送った。
何か縁あって、彼…ラムタムタガーが、この街に来たばかりの黒猫の信頼を得たらしい。
次に会ったら、どんな話をしていたか尋ねてみよう…多分、彼は何も教えてくれないだろうけれど。

「優しいね、彼は」

突然、すぐ隣でした声にマンカストラップは飛び上がりそうになった。
つい今まで向こう側の木の枝にいたはずなのに…?
尻尾の毛が立ったままのマンカストラップに構わず、ミストフェリーズは少し緊張した声で問う。
「今日もこれから教会へ?」
僕も一緒にいいかな…と小さく付け足すと、
マンカストラップはつい今起こった驚きを忘れて、嬉しそうに笑う。

「もちろん、みんな喜ぶよ」



もし、ひとりぼっちの魔法使いがいたとして。

その魔法使いが、他のものに姿を変えるのだとしたら。

きっと、猫で大正解。

もう、ひとりぼっちじゃないから。


“僕”を歌ってくれるみんながいるから。
せいいっぱいの魔法を使うよ。


「Ladys&Gentleman ご紹介します…ミスターミストフェリーズ!」


一番最初に書いたCATSの文章でした。
やっぱりミストとタガーが、初っ端から大好きだったんだなぁ。
【ひよこ】

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